a monster 's
昨天晚上跟家人出去街上轉轉,看到緬甸人在我們這開了不少的珠寶玉石店和化妝品服飾店,本來是想買串玉石的珠子玩玩,想不到卻碰到一些設計和做工都不錯的拖鞋~~~~
鞋面和腳部接觸的地方都是磨得很軟的邊沿戴絨毛的帆布,還有印的廠商的LOGO,不過從沒見過這個牌子,穿的很舒服。鞋尖是故意做的往上翹的,看來是要講拖鞋的拖拉主義發揮到底了。
鞋底應該也還蠻耐磨,有突起的均勻的膠釘。奇怪的是裡面密密麻麻的好像是嵌進了很多帆布一樣的線吧,不知道這種線的材料是什麽,不知道這樣設計有什麽好處,可能也是為了耐磨。
姑且用手先感受一下。本來想拍個產品標誌的,可惜攝像頭像素太差,拍不清楚···等感冒好了,就可以穿了-。-
哥哥自从上了高中,就放弃了坚持已久田径运动,
开始练起了橄榄球。
“是受了重播的school walls的影响吧”
我随口嘲笑了他一番,结果就跟他大吵了一架。
但并不是兄妹暴力事件,
而是家常便饭。
但气消了和好了,
然后就一起看电视。
刚开始练橄榄球的哥哥是瘦瘦高高的田径体型。
哥哥也一定曾对自己的腿形引以为傲。
但是,为了适应自己选择的新环境,他开始了肌肉改造训练。
每天晚上都要吃两大碗饭,
吃完后还要喝好多牛奶里提炼的蛋白质。
每天早上都要晨练,放学以后也把训练安排得很紧密。
夏天合宿的时候连胃药也带去了。
橄榄球体型的肌肉改造伴随着肉体疲劳和内脏疲劳,
那是无法想象的残酷的世界。
从那时起,哥哥就渐渐地变成了橄榄球员体型,
渐渐地不能和我像以前那样对打了。
因为橄榄球,肉体和精神都变强大的哥哥
跟我这个小不点对打会觉得有些奇怪吧。
渐渐地,他成长为了一个善于争论的成熟的哥哥。
这个哥哥,在上大学的时候搬出了家。
开始在全面管理的宿舍生活。
当时我14岁。
哥哥在大学一年级开始就成了正式成员活跃在赛场。
他很早的时候就和我不一样,是个有自己的目标的踏实的人。
毕业以后进入伊势丹社会人橄榄球部。
没多久就转会到东芝府中,后来成了日本代表。
我有时也会去看他比赛,或者去合宿地看他练习。
和其他运动员相比之下,他看上去有点瘦小,
但见到他本人的话就能感到一种压迫感。
体格健壮,光头,又晒得很黑,就跟强壮的海盗一样。
在不得不过度锻炼肉体的体育世界里以一个正式运动员的身份继续前进的哥哥,
虽然从高中开始就说“没有一天不受伤”,
但后来有一些伤让他连参加练习也变得困难了。
这和歌手的嗓子里长了息肉是一个道理。
哥哥退役前和重伤作了斗争。退役的原因是肩胛骨骨折。
哥哥打电话告诉我决定退役的时候,
我正在名古屋Diamond Hall的后台,
在acoustic tour中快要正式上台的一刻,
“真的真的辛苦了”,我激动得热泪不止。
然后急急忙忙重新补好妆,调整好表情,朝着舞台走去。
那天的演唱会我永远都忘不了。
这个人就是我哥哥。
现在在大分县,是东芝大分社会人橄榄球俱乐部的教练,专门培养年轻选手。 哥哥还是橄榄球选手时,有些话让我很难忘。
想来是将近10年前的事了。
那时是我对未来的不安比现在更甚的时候。
那些话包含了自由是什么,活着的快乐是什么等等人生哲理,
是温暖而励志的运动员的话语。
“比赛是以规则为前提而进行的”
规则不是为了约束而存在,
而是为了享受,真正意义上是为了变得自由而存在的。
人生可以说也是一样的。
如果能遇到自己所认同的规则,并在此背景下奋斗,
我想这对于一个人来说,真的是件很幸运的事。
不仅仅能够确实把握胜利的原因,
最重要的是通过探求在这个过程中培养出来的技术和能力,
来丰富这个人的人生。
对我来说,这个规则就是音乐,
音乐的规则。
我想,旋律,节奏,和声就是我的每一天,
对所有在五线谱上投下身影的人而言都是平等的技能
时而赞美,时而训斥,
同时也引领着通向胜利的音乐之路。![]()
私には4つ違いの兄弟がいます。
私はその人のことを「兄(あに)」と呼んでいます。
多くの姉妹、兄弟がきっとそうであったように
小さい頃には喧嘩をしない日がなかった。
わたしたちもそんな普通の兄弟として育ちました。
今の私のバックグラウンドには確実に「兄」の存在があります。
今日は、私にとっていわば
最も長い時を同じ屋根の下で暮らした男の子、兄のお話です。
兄は高校へあがると、それまで励んできた陸上をやめ
ラグビーを始めました。
「再放送のスクールウォーズに影響されたんでしょ」
軽はずみにひやかし、大げんかになったことがあります。
兄弟間の暴力とは事件ではありません。
それは日常の習慣のようなものでした。
でも気がすめば仲良くなります。
そして一緒にテレビを観ます。
ラグビーを始めたばかりの兄はやや細身の陸上体型でした。
あの脚線美は兄の密かな自慢であったに違いありません。
しかし、自ら選んだ新しい環境に適応するため肉体改造を始めました。
毎晩、どんぶりで2膳以上の白飯をたべ
食後は牛乳で割ったプロテインをがぶがぶ飲みます。
毎日の朝練、放課後もみっちりです。
夏に行われる合宿には胃薬を持っていきます。
ラグビーにおける肉体改造は、肉体の疲労に加え内蔵疲労が伴うようです。
想像を絶するようなストイックな世界です。
その頃から、しだいに兄がラグビー体型になっていきましたので
日常だった殴り合いができなくなりました。
ラグビーによって肉体も精神も大きくなってしまった兄は
チビだった私と殴り合うことに違和感を覚えだしたのでしょう。
だんだんと口論のできる大人っぽい兄弟へと成長していきました。
そんな兄も、大学へ上がる際に家を出て行きます。
生活全般を管理する寮で、生活をすることになったのです。
当時私は14歳でした。
大学では1年生からレギュラーとして活躍。
昔から私とは異なり、自分の目標に丁寧な努力家です。
卒業後は伊勢丹社会人ラグビー部に所属。
まもなく東芝府中へ移籍。そして日本代表へ。
私も時々、試合を観に行ったり、合宿先に練習を観に行ったりしました。
他の選手と比較して見るとやや小さい方というか細く見えましたが
本人を目の当たりにすると物凄い迫力です。
大きな上に坊主頭で日焼けしているので強い海賊みたいなんです。
肉体を酷使せざるをえないスポーツの世界でレギュラーとして走りつづけた兄。
高校の頃から「怪我しない日はない」と話していましたが
怪我の種類によっては練習に参加することさえも困難になります。
これは歌手の喉にポリープができるのと同じことです。
引退前は大きな怪我との戦いでした。引退の原因は肩甲骨の骨折。
引退を決意したとの電話がきた時、
私は名古屋にあるダイアモンドホールの楽屋にいました。
アコースティックツアー中でまもなく本番というタイミングでした。
「本当に本当におつかれさま」という熱い感動で涙が止みません。
崩れたメイクと表情を急いでなおし、ステージに向かいました。
その日のライブをずっと忘れません。 そんな人物が私の兄。現在は大分県にて
東芝大分社会人ラグビー部の監督として若き選手の育成に励んでいます。
現役だった頃の兄から聞いた、わすれられない言葉があります。
それは10年近く前のことだったように思います。
私が将来への不安を今よりももっともっと抱えていた頃のこと。
その言葉は、自由とは何か、また生きる喜びとはなにか。
そんな人生哲学をも含んだ、温かく、そして勇ましいスポーツマンの言葉です。
「ゲームは、ルールがあってはじめてプレイすることができる」
窮屈のためにルールがあるのではない。
楽しむため、本当の意味で自由になるためにルールがある。
そして人生にも同じことが言えると。
自分が賛同できるルールに出会え、またそのグラウンドの中で
戦うことができたなら、それは人として本当にラッキーなことだと思います。
勝利することへの「因」を確実に手することができるのをはじめ
何よりも、その中で培われる技術や能力への探求を通じて
その人の人生をも豊かにしていくことができるからです。
私の場合にはそれが音楽に当たります。
音楽の持つルール。
メロディー、リズム、ハーモニーは日々、
五線譜に影を落とす人すべてに平等にその技を、
時に褒めたり、時に叱ったりしながら
音楽における勝利へとリードしようとしているのだと思います。
星之去向
土星,木星
金星,火星和月球
只有在深深的夜裡
才有安靜的心去仰望天空中的繁星···
你是哪顆星?
在這深沉的夜空中,你是哪顆星?
是對我眨眼的那顆星?
還是愛理不理的冷冷的星?
還是我們原本都只是流星?
在茫茫的銀河種流連飛行!
我們飛快地融入,我們飛快地逃離
我們飛快地記憶,我們飛快地遺忘
我們飛快地愉悅,我們飛快地悲傷
···
在沒有盡頭的世界里,
我們繼續和不同的星相遇,
和不同的星分別,和不同的星重逢···